【日常】「母親がいないと不幸」論争から感じること

【日常】「母親がいないと不幸」論争から感じること

「母親がいないと不幸」論争から感じること

母親がいないと不幸

 

小林麻耶さんの番組降板や事務所契約解除の話題がワイドショーを賑わせていますが、

そこから派生して、先日の立川志らく氏の「母親がいないと不幸」発言が再炎上してるみたいですね。

→Yahooニュース「母親がいない子供は不幸」志らくの言葉に、小林麻耶が厳しく反論 視聴者「甥姪を大切に想ってるのが…」

 

 

この「母親がいないと不幸」騒動についてですが、

ニュース記事だけ見てると、

 

 

TBSの『グッとラック!』の生放送中に、立川志らくが「母親がいないと不幸」と持論を展開し、それに対して小林麻耶が涙ながらに反論した。

 

 

っていう読み取り方しかしようがありません。

 

 

これだと立川志らくってデリカシーないクソ野郎じゃん!って感想を抱きがちですが、

実際に話の前後をみてみると、どうも様相が違うようで。

 

 

詳しくはこちらのサイトで解説されてます。

世直しご意見番の世間にもの申す!『「母親がいないと不幸」論争にもの申す! ~母親の愛とは?子どもの幸不幸とは?~【前編】』

 

 

この内容から実際の状況を判断すると、

 

 

「現在だいたひかるが乳がんを患っていて、でもどうしても愛する夫の子がほしく、子供を産むことを優先したいので、乳がん治療をストップして不妊治療を優先させた。」
という話題に対して、

 

立川志らくは「母親がいるといないとでは、いないほうが不憫。産んで終わりではないので、母親が自分の命をないがしろにして出産に挑むことは責任という点で難しい問題である」的なニュアンスのことを言おうとして、

 

その際に「母親がいないと不幸」という言葉をチョイスしたら、小林麻耶に「そんなの間違ってます!」ってその文言に対して涙交じりで猛反論されちゃった。

 

 

が正解のようですね。

 

元々の発言の趣旨は「母親が自分の命を投げ捨てて子供を産むことの是非」だったのに、

表現がちょっとまずかった部分を切り取られて違う話に逸らされ、なおかつ怒られちゃった感じ。

志らくさん、これはちょっと事故気味で可哀想だなって同情しちゃう。

ニュース記事だけ見て「立川志らくサイテー!」なんて声を上げてる人は、ちょっと冷静になったほうがよいのかと。

 

 

己の命を犠牲にして子供を産むことの是非

さてさて、

自分の病気の治療を投げ出してでも出産に取り組むこと。

これが良いことなのか悪いことなのか。

 

 

 

コレすんげぇ難しい問題ですよね。

 

 

うーん、

イメージするため自分の家庭に置き換えて考えてみましょうか。

 

 

仮にウチがまだ子供ができていない、

さらに妻が継続的な治療が必要な乳がん患者だったとして、

もし妻が「治療を止めて子供を産みたい」と言ってきたら、どうしましょう?

 

 

引き止めて乳がんの治療を優先させる?

それとも意志を尊重して、治療を止めて不妊治療と妊活を優先させる?

 

 

もちろんどちらを選んだとしても、

結果がどう転ぶかなんて誰にもわかりません。

 

 

仮に乳がん治療を優先させた場合だと、

乳がんを完治させてから不妊治療と妊活を行って、妻は健康、子供もできましたバンザーイ!っていう明るい未来が待ってるかもしれませんし、

乳がん治療に時間をかけた結果、妻は無事完治したけど子宝に恵まれる機会を失ってしまう、という不幸な未来が待っているかもしれません。

 

逆に、不妊治療と妊活を優先させた場合だと、

子供を無事出産、その後乳がん治療を再開して母親も元気に復活してバンザーイ!っていう明るい未来が待ってるかもしれませんし、

子供は出産できたものの妻は治療手遅れで亡くなってしまったり、または不妊治療がうまく進まないうちに乳がんが進行して子供もできないまま妻も亡くなってしまったり、といった不幸な未来が待ってるかもしれません。

 

 

本当に難しい選択になりますよね。

 

 

おそらく自分は、引き止めてまず自身の治療に専念してもらうように説得するかな。

治療を継続して乳がんが完治してから出産に取り組めばいいし、

結果的に出産できる時期を逃して子供が授からないことになったとしても、それはそれで仕方ないと思えるので。

 

もし妻がとんでもない熱量で「絶対にまず子供を産みたい!」と言ってきたら、考えますけどね。

また、妻が余命宣告されてたりしたら、その場合も話は別かも。

うーん、状況よりけりではあるけど、基本的には妻にはまだ見ぬ子供よりも自分の体を優先してもらいたいです。

 

 

 

子供を産むために自分の命を投げ打っていいかどうかは、

個人的にはやっぱり否定的に思う部分のほうが割合として多いかなぁ。

 

 

我が子のために己の命を投げ打つ自己犠牲って一見美しく思えるかもしれません。

でもね、子供って産んで終わりじゃないですよね。

産んで、そこから育てていくことまでが切り離せないワンセットになるはずです。

 

 

こないだ北川景子さんも日テレの『しゃべくり007』の中で、

「産んでゴールだと思っていた自分がいたけど、実際はぜんぜん違っていて、産んでがスタートだった」

的なことを語ってましたが、これは本当にそのとおりだと思います。

 

妊娠から出産までがメチャクチャ大変であることは当然ですが、

そこから親として育てていくことも同様にメチャクチャ大変なことなんですよね。

親の責務は、産んで終わりじゃないし、そこで解放されるものでもない。

「親は産んだら死んでいなくなってもOK」では絶対にないんです。

 

 

 

仮に男である俺のほうが重い病気を持っていたとして。

自分の病気の治療をストップして、

妻に対して「治療よりも子供作ろう!俺はぼちぼち死ぬかもだけど子供の未来はよろしくね!」って、

コレやっぱ控えめに言っても正解ではないと思うんですよね。

 

俺の価値観だと、男らしくもないし、責任放棄にも感じられちゃう。

あなたの価値観だとどうでしょうか?

 

 

 

・・・ちなみにこの問題、男女が入れ替わると印象が変わるのが不思議ね。

 

女性の「自分の治療を中断して命を捨てる覚悟で子供を作る」と、

男性の「自分の治療を中断して命を捨てる覚悟で子供を作る」とで、

後者のほうのが「産まれた後どうすんの」的な無責任さを圧倒的に感じるのはなんなんだろう(苦笑)

 

条件としては何も変わらないはずなんだけどね。

シングルマザーを生み出す=そんな男許せない!、みたいな価値感が先行するからかな?

 

 

 

まぁ、いろいろだらだと書いたけど、

すべては価値観の問題なので、何が正しくて何が間違っているというものではないです。

ましてや誰かの考え方を悪く言いたいわけじゃあないです。

ただ、自分の場合はこうかなぁと感じただけの話ね。

 

 

結論なし。

ただのチラシの裏の感想文でございました。

したらな!

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