【日常】ぼくらが無菌室に入っている間に、未来から人の命が消えている

【日常】ぼくらが無菌室に入っている間に、未来から人の命が消えている

ぼくらが無菌室に入っている間に、未来から人の命が消えている

新型コロナウイルス感染者数グラフ
新型コロナウイルス死亡者数グラフ

 

新型コロナウイルス感染拡大のニュースが毎日毎日流れています。

しかし、グラフからみてのとおり致死者は少数。

また、厚生労働省のデータでは重篤者の数も横ばい、もしくは微増程度です。

 

 

 

自分は新型コロナウイルスについてはずっーーーーーーーと、

正しく知って正しく恐れようというポジションでいます。

 

 

 

とにかく今の世間は過度に怖れ過ぎ。

 

 

これはもう何度も何度もブログでも書いてきたんで、細かいことは過去記事読んでくださいまし。

2週間前のデータを元に書いたものですが、いまでも大局に変化はないので現状とズレはないと思います。

 

【日常】感染者数が増えた!はバッドニュース?グッドニュース?

 

 

また、最近では新たに横須賀市で2,000人に無作為に行った抗体検査の結果が出てきました。

 

 

この抗体検査はわかりやすく言うと「市民2000人を適当に選んで調べてみて、知らないうちにコロナ罹患して体の中に抗体できちゃってる人の数を調べよう」っていうもの。

検体の採取時期は7月上旬で、結果は抗体保有率1.04%でした。

横須賀市民が39万人ぐらいなので、つまり横須賀市内だけでおおよそ4万人ぐらいがすでに知らないうちにコロナ罹ってるんじゃないかってことになります。

 

 

このデータを参考に東京の場合で考えてみましょう。

横須賀市で1.04%なら、人口密度が高くて人の移動も多い東京の場合だとこの数字以下ってことはないはず。

もし東京で抗体保有率が同じ1.04%だったと仮定すれば、東京都1400万人のうち、約14万5千人が知らないうちに新型コロナウイルスに感染して既に抗体ができているという計算になります。

 

感染して抗体ができるまで至った人だけで14万5千人もいるので、自然免疫が強くて抗体できるまでもいかなかった人は同等どころか数倍レベルでいると思われます。

そうなると東京だけで数十万~数百万単位の人がすでに新型コロナウイルスを大なり小なり罹患済みってこと。

 

 

 

 

・・・

 

こんなに罹患者がいて「新たに200人感染がわかりました」ってニュースに何を怯える必要があります?

こんなに罹患者がいて1日0~3人の致死者が出ていることは、そんなに恐ろしいことですか?

 

コロナ以外の肺炎で1日あたり261人亡くなってます。

インフルエンザで1日あたり9人亡くなってます。

自殺で1日あたり53人亡くなってます。

交通事故で1日あたり11人亡くなってます。

転倒や転落で1日あたり26人亡くなってます。

食べ物をのどに詰まらせて1日あたり22人亡くなってます。

お風呂や水のレジャーで1日あたり21人亡くなってますよ。

→参考資料

 

 

また「新型コロナは後遺症があるから恐ろしいんだ!」なんて意見もありますが、

通常の肺炎もインフルエンザも普通に後遺症残るケースあります。

交通事故や転倒事故だって、下半身不随やら痺れが残ったりするの想像できますよね?

上に並べた事項だってすべて何かしらの後遺症の可能性があります。

後遺症は新型コロナウイルスの専売特許なんかじゃないんです。

 

 

新型コロナウイルスで人が苦しんだり命を失ったりすることは悲しいことですが、

我々人類はそれ以上のリスクを背負った上で生活していることを忘れちゃあなりません。

なぜコロナウイルスだけ特別的に警戒するのか、ちょっと理屈が通りませんので。

 

自分の結論としては、インフルエンザと同じぐらい気をつけるレベルでいいんじゃないかと。

指定感染症の分類もインフルエンザや麻疹や風疹と同等の5類でいいと思います。

そうすれば無症状感染者を入院させなくて済むので医療リソースも守れます。

 

 

正論であっても、失うものがあれば正しい選択とは限らない

Twitter上でよく見かけるのが、

「まずは命あってのものだろう」とか、「用心しすぎるに越したことはない」とか、の意見です。

いかにも賛同が集まりそうな正論。

 

 

これらの意見は正論ですよ。

ただし、大体の場合においては、です。

 

残念ながら今回のコロナ禍は「大体の場合」じゃない。

今回の場合は正論とはとても言い難い。

まず、それを自覚してほしい。

 

 

なぜ正論でないかというと、今回のコロナ禍においての「まずは命あってのものだろう」「用心しすぎるに越したことはない」は、その先に失われるものがあるからです。

失われるものは、そう、命です。

 

 

経済が停滞すれば仕事や生きがいを失い、不況が来て自殺率が高まって命が失われます。

これはもうテレビのコメンテーターなんかもよく口にしてるので、なんとなくのレベルでも理解してるはず。

実際にバブル崩壊の数年後には自殺者と行方不明者は急増しています。

 

でも、自分がそれに加えて言いたいのは、未来の命。

いま自分たちがコロナウイルスという1日0~3人の致死者を出すウイルスを恐れて経済活動を止めている間に、どんどん未来人の命が消えているのです。

どういう意味かピンと来ないと思うので、ここからその説明をば。

 

 

いまの日本の少子高齢化の現状

日本はいま超絶に少子高齢化が進んでいます。

自分達世代が子供の頃からこれは社会の教科書にも書かれていましたが、現実問題いまの政治はまったくこれに対して有効な対策を打てていません。

出生率は2019年には1.36に減少。

 

日本の人口推移2050年

このまま進むと現在1億2500万人いる日本の人口は、2050年には9500万人にまで減少する試算になっています。

はい、たったあと30年で3000万人も少なくなるんですよ?

ちなみにいま、北海道は520万人、中四国で1100万人、九州沖縄で1400万人の人間が住んでいます。

つまり2050年には、北海道+中四国+九州沖縄に住んでるぶんの人間が丸々いなくなるってことです。

想像してみればそのヤバさがわかるでしょ?

 

 

2050年の高齢者の割合

しかも残された9500万人がピンピン元気な若者ばかりならいいんですが、高齢者の比重が激高。

ちょっと前に高齢ドライバーは能力が衰えているから免許返納するべき!みたいなムーブメントがありましたが、

2050年時点の65歳以上の割合は39.6%で、つまり10人に4人が運転されることすら心配されるレベルの人達ってこと。

国内の生産力低下は避けられないので、年金運用はより厳しく、さらに社会保険料の負担増と増税は当たり前、行政は資金難でサービス低下と治安悪化、地方衰退、大手企業や有能人材の海外流出、ぱっと考えただけでも次々問題が出てきます。

 

 

もうヤバイを通り越して泡吹いちゃいそうです。

 

 

この時点でいまの日本の将来がとんでもないレベルでヤバいのがわかると思いますが、

さらに悪いことに、これ2020年より前に出されたデータなんですよね。

つまり、いまのコロナ禍による経済萎縮はまったく試算に入っていません。

 

 

 

子供を持たない理由

はい、ここで「理想の子供人数を持たない理由」のアンケート結果。

子供を持たない理由として圧倒的第1位が経済理由なんです。

 

 

 

少子高齢化がド深刻で、子供を持たない理由が経済理由という現代。

そんな状況で、いま経済を止めにいってるんですよ?私たち。

まぁまぁ狂った状況だと思いません?

 

 

未来の世界に立ってるつもりで消える命を想像してみる

2050年、仮に試算通り9500万人の人間が存在しているとします。

いまコロナ理由で経済を止め少子化が試算よりも進行し、9500万人存在しているはずの未来が9400万人しか存在しない未来になってしまったら?

それは100万の生まれるはずの命が生まれないってことです。

 

 

映画「ターミネーター」は革命の英雄を抹殺するために、悪の組織が過去に刺客を送り込んで英雄の母親を殺して英雄を生まれない未来を作ろうとする話。

 

いまのところタイムスリップなんてのはSF映画だけの話ですけどね、SF的なイメージで構いません。

自分がタイムスリップして人口9500万の未来にいると想像してみてください。

現代人が「俺も自粛だ」「お前も自粛だ」ってやるたびに、次々に目の前から人が消えていくんです。

 

消えていく人はパッと一瞬で消えるんでしょうか。

それとも「あ、ぼく生まれないことになったみたい・・・」って残念そうな顔でゆっくり消えるんでしょうか。

その光景、あなたはその場にいたら耐えられますか?

自分はたぶん耐えられません。

 

 

 

生まれる命

もしコロナ禍がもう10年早く始まって経済萎縮の流れができてしまっていたら、我が子はちゃんと運命どおりに生まれてくることができたのだろうかと考えてしまう。

 

未来に生まれるであろう人を生まれないようにしても、それは殺人ではないですし、罪にも問われません。

そもそも名前も決まってないし、誰と誰の間に生まれるかも決まってない、そんな命です。

そんな未来の命を心配するなんて馬鹿馬鹿しいと思うかもしれません。

 

でも、失われる命ってことには何も変わりないですよね。

命を具体的にイメージして感じられるかどうか、違いはたったそれだけです。

未来から100万人消すことは、現在から100万人消すことと本質は1ミリも変わりません。

 

 

結論は常に「正しく死って正しく恐れる」ということ

仮に新型コロナウイルスが超絶に危険性が高くて、アメリカやブラジルやイランなどと同等の猛威を日本でも振っているなら最大級に警戒するべきだと思います。

でも実際、日本では違いますよね?

致死者はこの半年間で約1000人、直近2ヶ月で言えば100人以下です。

ここ最近では1日0~3人ペース。

 

コロナがインフルエンザと肩を並べる程度の脅威なのであれば、それ相応の怖れ方に留めるべき。

正しく知って、正しく恐れるのが、いま最もとるべき姿勢だと思っています。

少なくとも今の無症状感染者が増えましたってニュース見て右往左往してる姿は、明らかに正しくないです。

 

そんな姿を未来の消えゆく人が見たらどうでしょうね。

「え、ぼくって過去の人のこんな振る舞いのせいで生まれない運命になっちゃうの?」って、

なんともいえない悲しい顔をするんじゃないでしょうか。

 

 

「まずは命あってのものだろう」「用心しすぎるに越したことはない」という言葉を振りかざすたびに、未来では生まれるはずの命が次々と消えていっています。

それは間違いなく1日0~3人なんてペースではないでしょう。

その事実だけは頭の片隅に入れておいてほしいと思います。

 

 

感染はできるだけ抑えなきゃいけない、

病気で苦しむ人や亡くなる人を少なくしたい。

その想いは当然です。

でも、それに没頭しすぎて別の不幸が出てしまうようでは意味をなしません。

 

 

ぼくらが無菌室に入っている間に、未来から人の命が消えている。

日常カテゴリの最新記事