【ライフハック】苦労を美徳として押しつける行為にドロップキック

苦労を美徳として押しつける行為にドロップキック

苦労は美徳

 

・液体ミルクなんて怠慢

・自分の子どもにかける時間を「短縮化」「簡単に」とか考えてほしくない

・子供にかける手間を惜しむようじゃ、親失格

 

 

先日、液体ミルクが便利って記事を書くときにいろいろ下調べしてたら見かけました。

世の中にはこういう意見を持つ人がチラホラいるらしい。

 

 

 

いやー、なんというか。

ゲンナリっすね。

 

 

これらの意見の共通項は、

「苦労しなければいけない、楽をしてはいけない」

ということ。

 

逆にいうとそれ以外の内容が皆無。

ただとにかく大変な思いをしろとだけ主張されています。

うん、ちょっと意味がわからないですね。

育児が大変じゃなくなると何か不都合でもあるんでしょーか。

 

 

 

日本には昔から「若いときの苦労は買ってでもしろ」なんて言葉がありまして。

 

苦労したという経験によって人間としての成長が得られるんだ、みたいな。

この言葉のせいだけってわけではないでしょうけど、

ずーっと日本人には「苦労すること」=「美徳」みたいなイメージが刷り込まれています。

 

 

 

でもねー、

個人的にはこの「苦労」って2種類あると思うんですよね。

 

簡単にいうと「有意義な苦労」と「無駄な苦労」。

「有意義な苦労」は美徳に成り得て、「無駄な苦労は」美徳とはとても言い難い。

前述した主張の人々はそれの区別がないような印象を受けるんですよね。

苦労マンセー!みたいな。

 

ちょっと掘り下げてみましょー。

 

 

有意義な苦労とは

「有意義な苦労」っていうのは、

たとえば何かにチャレンジすること、それがまさにそうですね。

 

成功に向かって多くの失敗を重ねながら四苦八苦する過程は、

やっぱり人間を爆発的に成長させるし、将来的にみてもまず無駄にはなりません。

学生時代の部活動とかイメージするとピンときやすいかもですね。

 

この「有意義な苦労」の大前提は、苦労の向こうに達成目標がちゃんとあるということ。

甲子園で優勝したい、車を買うために○○万円の貯金をしたい、誰かのハートを射止めたい、など。

結果も過程も様々ですが、何かを達成するための苦労という点はすべて共通しています。

 

これらの苦労は確かに経験として価値があり、「買ってでもする」に値するものなんだろうなって思います。

こういう有意義な苦労であれば、苦労=美徳で問題なし。

 

 

無駄な苦労とは

逆に「無駄な苦労」とは何か。

「無駄な苦労」っていうのは、一言でいえばただの効率が悪い行動ってことだと思います。

達成目標があるとかないかとかではなく、その概念すら存在しません。

 

 

家事でも仕事でも遊びでも、何か行動するときには必ず、

時間、お金、体力の3つの資源を消耗します。

 

たとえばどこか目的地へ移動するときには、

歩いていく、電車に乗る、タクシーに乗る、といった選択肢があるかと思いますが、

それぞれの選択肢でさきほどの3つの資源について考えてみると、

 

 

・歩いた場合、お金は節約できるが、時間と体力が多めに消費される。

・電車に乗った場合、お金がちょっと消費されるが、時間と体力の消費が少なくて済む。

・タクシーに乗った場合、お金が多く消費されるが、時間と体力の消費は最も少なくて済む。

 

 

って感じになります。

かなり大雑把ですけど。

 

このように選択肢によって、時間、お金、体力の消費具合がそれぞれ変わってくるわけです。

 

 

どの資源を優先するべきかは、その人の価値観によるかと思います。

お金持ちの人はお金を惜しまずに時間と手間を惜しむからタクシーを率先して使うし、

運動が当たり前でウォーキング程度の体力消耗をなんとも思わない人は率先して歩く選択肢を選ぶでしょう。

 

 

また、たとえ同じ人であっても、そのときの状況に応じてベストな選択肢が変わってきます。

たとえば、目的地が近いのであれば歩くのがベストだろうし、

距離が遠かったり雨が降ったりしていれば電車がベストだろうし、

緊急で急いでいるならタクシーがベストだろうし、みたいな。

 

そのときそのときによってベストの選択肢があるわけです。

 

 

でもねー、身近にいませんか?

状況とか全然お構いなしでいつでも「歩く」を選びがちな人。

 

家までめっちゃ距離あるのに、台風クラスに雨降ってるのに、

もう真夜中の遅い時間なのに、明日早いのに、それでも歩いちゃう。

 

そりゃあタクシーに乗ればお金は多くかかっちゃうけども、

それでどれだけの時間が浮いて、どれだけの体力を温存できて、

雨に濡れずに済んで、帰宅してから雨に濡れた衣服を乾かす手間をなくせて、

どれだけ早く布団の中に入れるかって考えると、

消費する時間とお金と体力のバランスが悪くてしかたないですよね。

 

自分は「効率が悪い行動」っていうのは、

このように明らかにベストとは程遠い、資源消費バランスの悪い選択肢を選んでしまうことをいうと思ってます。

つまりこれが「無駄な苦労」ってやつですね。

 

 

他の例を挙げると、激安スーパー巡りもそうなりがちですね。

1円でも安く売ってる野菜を探してスーパーを巡る努力は心情的に認めてあげたくなりますが、

炎天下の中を1時間も2時間もかけて駆け回って時間と体力を大きく消費して、

節約できた金額が数十円程度であれば、

それはやっぱりお世辞にも資源消費バランスがよいとは言い難いですよね。

ゴメンナサイ、それはやっぱり効率が悪い「無駄な苦労」になっちゃいます。

 

 

で、冒頭のミルクの話でも同じことが言えちゃうわけで。

 

液体ミルクを使わないってなると、

外出するときには熱湯を入れた水筒を用意するなどで時間を消費し、割り水や水筒などの荷物が多くなるので持ち運ぶのに体力を消費し、

こどもがグズッたときにはミルクを調合するのに時間を消費し、

そのあいだギャン泣きを続けるこどもに対してメンタル(これも体力ね)を消費しちゃうわけです。

 

 

ところがどっこい、これらは液体ミルクを使えば、

 

ちょっとだけお金を多めに消費しちゃいますが、

外出するときには熱湯を入れた水筒を用意する時間は不要になり、

荷物を減らせて体力の消費を抑え、

こどもがグズッたときでも少ない手順で素早くミルクを与えられるので時間の消費を抑え、

ギャン泣きさせる時間が短く済めばメンタルの消費を抑えることができます。

 

浮いたぶんの時間と体力はこどもと一緒に過ごす時間に回すこともできるので、

育児としてはすごく良い循環と言えるでしょう。

 

 

新しく液体ミルクが世に登場したことによって、

従来までは常識であった外出先で粉ミルクという選択肢は、効率が悪い「無駄な苦労」となってしまっているわけです。

その変化をわかってほしい。

 

 

「無駄な苦労」はするもしないも自由。でもこっちに押し付けてくんな。

とまぁ、ここまでいろんな行動に関して「無駄な苦労」なんて失礼な呼び方をしてしまっていますが、

ぶっちゃけこの「無駄な苦労」は、それをしている人に対して第三者がとやかく言うべきではありません。

 

先ほど例に挙げた真夜中に大雨の中を歩くような行為も、

激安スーパー巡りも、

外出先で液体ミルクを使わない行為も、

本当は他人がとやかく言うもんじゃありません。

 

世の中は効率がすべてではないですし、

機械的に効率だけを求め続ける世界が魅力的とも思えませんし。

 

効率が良かろうが悪かろうが、そこに何かのポリシーを持って行動している場合もあれば、

楽しみや充実感を見出して行動している場合もあるでしょう。

人の行動をみて「効率悪いからやめろー!」って罵ってそれを止めるのはナンセンスです。

(もしその効率悪い行動によって自分が迷惑をこうむってるなら止める権利はあると思いますが)

 

 

 

でもね、

 

逆にその効率悪い「無駄な苦労」をこちらに対して押し付けてくるなら話は別です。

 

 

「液体ミルクで楽するんじゃない」とか、

「育児の手間を惜しむな」とか、

「苦労をしてこそ親だ」とか。

 

そんなのどう考えても有意義な苦労じゃない、ただの無駄な苦労。

こちらはこちらの価値観でベストな育児をしている。

そっちの価値観を押しつけてくるんじゃないってばよ。

苦労する方法が好きでたまらないなら、そっちはそっちで好きにしてくださいませ。

 

 

ちなみに思うけど、こういう人たちって自分たちの育児はどうしてんだろうね?

 

こどもに食べさせるお米や野菜は、自分で栽培して収穫して調理してんのかな?

着せる服はカイコ育てて自分で糸から編んでんのかな?

なんせ「楽するな、手間を惜しむな、苦労しろ」が主張なわけだから。

 

でも間違いなくやってないでしょう、そこまで。

 

だったら耳元で大声で問いかけさせてください。

「え? そこは楽してOKなの?

 液体ミルクはNGとか言ってんのに?ちょっと詳しく基準教えてもらっていい?」って。

 

 

苦労を美徳として押しつける行為にドロップキック。

 

したらな!

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